映画『何者』感想 『即戦力・人脈・バイトリーダー』すべての就活経験者へ捧ぐ、あの愛すべき、上から目線の時代








映画『何者』を鑑賞しました。

素晴らしすぎて、素晴らしすぎて、、

皆さま、演技が達者すぎて本当に痛い!!リアルに就活したらすぐに内定取れそうな6人も、その抜群の演技力で、まじで冴えない大学生に見えました。

既にサラリーマンの一生分のお給料をもらっていそうな売れっ子(若手)俳優6人が演じるというのが一番の冗談かもしれませぬ。

内容

6人の大学(院)生を中心に、就職活動を通して自分自身を見つめていく。

リアル(な感じ)すぎて、自分たちってあんなに痛かったのだと思いました。

あの、すべてが上から目線の日々。


感想

・みんなで協力と言いながら、心の中では椅子取りゲームから早く一抜けしたいと思っている。

・友人の内定先企業を自分なりに勝手に上から格付しちゃう。

・自分は他人とは違う価値のある人間だから、と思っている。

・頑張っている人を見て、心の中で馬鹿にしている。かっこつけている自分が一番惨めなのに気づいていないだけなのに。

・就活してる俺カッコいい。未だに夢を追うやつダサい、みたいな風潮。

 

就活あるあるが詰め込まれていました。作者の朝井リョウさま、凄い!!!!!

 

『工学部の○○くん、グーグルから内定を貰ったらしいよ』

 

そのような噂が広い学内にも関わらず広まるのに時間はかかりませんでした。

わたしは平然を装いながらも、内心、『凄いな』、という気持ちと、

 

『ヤヴァイ』

 

という気持ちが湧きあがりました。

頭の中では瞬時に色々な思いが駆け巡りました。(ランク、社会的地位、収入、、、、そして、何も内定していない自分は価値が無いのか、、、あいつより絶対良い会社に内定してやる。)

 

その後も

 

『●君、三菱商事と丸紅に内定したらしいよ』

『〇さん、トヨタに内定したよ』

『▲さん、メガバンク行くみたい』

 

そんな他人の内定話(いわゆる有名企業)が耳に入ってくるようになるころには、もう差は出ています。

内定を勝ち取りまくる人々と、内定をもらえず焦りを感じる人々。

 

友人が内定したのに素直に喜べない。

自分よりも下(だと思っている)か上かで心の中で一喜一憂。

自分が内定した企業が誇れなくて、他人に報告できない。

 

あの頃は全てが『上から目線』

 

『自分には価値がある。』

 

そんな勘違いをしていたあの頃。

 

『即戦力として戦いたい』

『社会に貢献したい』

『大企業志向』

『やりがい』

『人脈を広げたい』

『ポテンシャル』

『英語を活かしたい。ボランティアを活かしたい。サークル活動を活かしたい。』

 

なんじゃそりゃ。

我ながらぼんやりしすぎて笑っちゃいます。わたしも自分を超・過大評価していました。

 

でも、『上から目線』『勘違い』なのは採用する企業も同じ。

手書きでエントリーシートを書かせて、Webテストも受けさせて、面接会場にわざわざ足を運ばせ、上から目線で質問し、都合の悪いことは言わない。

でも、いらなくなったらメール一つでさようなら。

もう終身雇用制度も崩壊、高収入でビップな待遇も縮小傾向。

過去のバブリーな対応を経験した採用担当のおじ様、一方で生まれたときから不況・不安と言われ、育ってきた悟り・ゆとり世代の間には大きな壁があるのは確か。

それに、一流企業だからって就職面接をする叔父様叔母様だって素晴らしい人間かなんてわからないですし。

就活生も企業側もいわば嘘つき合戦、面接という舞台での演技力が試される場なのですよね。

フェイスブックやインスタグラムと同じ。表面的に綺麗に見えるだけ。

実際は分かりません。

 

みんな『名の知れた企業に入って、給料も高い、そして周囲から褒められるような会社』に入りたいのが本音ですよね。てか、それ以外、一流企業に入る理由なんてあるんでしょうか。

 

わたしも、何となく周りに流され就職活動をしました。

 

『働きたい、でも、何をしたらよいのか分からない』

 

わたしには就職活動という舞台にはついていけませんでした。企業側も、茶番であってもそんな簡単な舞台すら演じられないわたしを必要としていなかったのです。

わたしも、周囲から見たら非常に痛々しいおかまだったのでしょう。

分かったような口ぶりで、未来を、社会を語るあの頃。

でも、あのときにわたしは気づきました。

 

『自分なんてどうせ価値が無い。代わりなんていくらでもいる。使命感なんて無し。』

『一生、同じ会社に勤めるなんて不可能。仕事が家族?それよりもジムに行きたい。』

『髭を剃るのは無理。』

 

わたしは幸運なことに働く前に、こんな自分の哲学に気づきました。

わたしはそんな理由もあって、早々と就職活動を辞めました。というか内定をもらえる気がしなかったのです。諦めたという意味が近いです。

そして、1年間休学し、とある資格を取得して就職しました。

 

『石の上にも3年。その後は好きにしよう。』

 

そんな気持ちで就職しました。

就職面接も、いきなり社長面接

 

『資格は?英語力は?』

 

わたしは答え、少し雑談

 

『うちの会社はこんなもんだけど、、、』

 

そして翌日、内定の電話。

驚きました。そんな簡単に内定ってでちゃうんだ。

5次面接とかあった、あの就職活動は何だったんだろう。

そしていざ働いてみると、楽しい。

結局、退職して今はバンコクに移住しましたが。

あの頃、思い描いていたキャリアプランとは全く違います。

結局限られた人生

大企業に入ってうつ病になって薬を飲みながら働いている友人、大企業で激務だけれど使いきれないほどのお金を稼いでいる友人、職を転々としてステップアップしている友人。もしくは、幸せそうに働く人もたくさんいます。

日本は世界的な大企業がたくさんあるから、大企業で働くチャンスは多い。そういう経験って本当に貴重なのかもしれません。

 

わたしが偉そうに『働く』ことに関して語っても「ふーん、この若造が」って感じです。というか語る資格は今は無いと思うけれど。

 

でも、世の中には企業なんて無数にあります。全ての企業で働いた人もいなければ、『仕事』に関して、すべてを知っている人なんていません。

全て、自分の経験の中でしか語れないのではないでしょうか。

中には転職を繰り返している方、中には同じ企業でずっと勤めている方、様々ですが、たかがそれだけの経験を持っている人の意見や話が全てだとは思わないことが大切ではないかなと。

 

たかが一人の意見。

 

全ての人の人生は素晴らしい。けれど、やっぱりたかが一人の人生。

100人に話を聞こうが変わりません。世界の人口は70億人いますから。

それにたかが数時間の訪問や話を聞いて、何かわかります?

結局は働いてみないと分からないですし。

 

結局は『運』だと思います。

 

わたしも『社会的地位』がどうしても欲しかったので、それを叶えるために、かなりの遠回りをしました。でもそれってわたしの望んだことではなく、家族とか周囲の知らない人たちの理想でした。

わたしは他人の望みを叶えるために生きてきて25年くらいも人生を使ってきたのです。

ただし、人生でサラリーマンをできたこと、新橋で飲んだり、上司の愚痴を言ったり、通勤ラッシュ、帰宅ラッシュを経験できたこと、、、

本当に良かったです。

もう日本のサラリーマンに戻るのは難しいですが、本当に素晴らしい経験でした。

 

結局、今は理想とされるレールを脱線、バンコクまで飛んできてしまいました。

日本で働いたことは『社会的な地位が必要』という誰かに押し付けられた呪いを解くための経験だと思って感謝しています。

今は自分で敷いたレールの上を、自分のペースで走っています。

不安が無いと言ったらウソだけれど、超幸せなのは本当。

 

どんな人生も素晴らしいし、どんな人生もどうでもいい。

それなら、自分がやりたいと思う人生を生きた方が良いのではないか。

そう思うと、他人がどんな人生を送っていようが全く気にならないんです。不思議と。

自分の人生が幸せなら他人なんて気にならんのです。

 

自分がいなくても地球は回り続ける。

他人の意見なんてどうでも良いです。本当に。

自分が幸せかどうか。ただそれだけ。

 

就活で疲弊するのも良い経験だけれど、人生は一度きり。

心の声に耳を傾けてみても良いと思います。

 

就活は人生全てではないです。

 

働く場所によって人生なんて決まりません。

 

出身大学で人格なんてわかりません。

 

ただ、自分が思い描いたとおりに人生は実現していくだけです。

そして周りには自分が求めたものが集まるだけです。

 

シンプル。

 

争わない、競わない、比べない生活ってすごく楽ですよ。

そして、そういう方々に囲まれて生きるって本当に幸せです。

 

 

映画の最期のシーン

佐藤健さんの面接のシーンです。

初めて、彼が自分の本音で語ります。

 

『本当は演劇が好きで、本当は夢を追っていて、本当は夢を追っている友人が羨ましくて、本当は自分も、、、』

 

そのとき、初めて彼自身をさらけ出したとき、面接官にも、そして私たち観客にもその思いが伝わります。

企業にペコペコして自分自身を偽って生きた存在から、自分自身の本音と向き合い、自分のパッションを模索はじめた佐藤健兄さん。

本の模範解答なんかには書いていない、彼の本気の言葉。彼のオリジナルの言葉。

誰かのまねではない、自分の本気の言葉が出たときに、人々は心を打たれる。

一体、自分は『何者』なのか。どんな人間なのか。

それは、嘘偽りなく本気で向き合ったときに自分が『何者』なのか分かってくるのだろう。

そんなことを教わりました。

 

 

働き始めると、理想と現実の差が少しずつ分かってきます。

自分の出来る・出来ないことが分かってきます。

ほとんどの仕事は代わりがいるし、地味な作業の連続。

自分に特別な力なんか無いんだ、って分かってくると思います。(ポジティブな意味でです。)

どんな仕事に就こうが、どんな企業に勤めていようが、結局は自分が幸せかどうか、それが重要。

優劣があると思うならば、それは自分が勝手に決めた狭い世界のルール。

そして、

上から目線ではなく、謙虚になってくるのではないかと思います。

自分に相応しい、ちょうどよい人生が分かってくるのではないでしょうか。

ただ、大学生というあの『上から目線』の時代はかけがえのないものであるのは事実。

私自身、大切に過ごせて良かった、そう思いました。

 

素晴らしい映画。おすすめです。