【ネタバレ解説】LGBTQ映画『ボーイズ・イン・ザ・バンド/ The Boys in the Band』ゲイだらけのパーティにやってきた一人のストレート男性








映画『ボーイズ・イン・ザ・バンド/ The Boys in the Band』の結末やあらすじ、感想・評価、作品の概要やキャスト等が掲載されているのでご注意ください。いつもありがとうございます。

【評価】
星 8/10 ★★★★★★★★

簡単なあらすじ

1968年ニューヨーク。

未だゲイに寛容では社会。誕生日会を開くためにゲイの友人が集まったが、そこに思わぬ客が現れ、パーティは思わぬ展開に。

概要

・原題:The Boys in the band
・製作国:アメリカ
・製作年:2020
・日本公開日:Netflix
・監督:Joe Mantello
・主演:ゲイの皆様

有名ブロードウェイ劇の映画化(2回目)。

登場人物

マイケル

本作の主人公。アルコールを摂取すると「兵器」のように凶悪になる。5週間の断酒に成功するも、アランに隠し続けていたセクシュアリティが完全にバレたのを確信し、ついに酒を飲んでしまい、凶悪化。

本作では職業は明かされていませんが、舞台の脚本家や舞台俳優との設定だといくつかの記事では書かれていたのですが、劇中では触れられていなかったので一応謎のままであります。

現在は失業保険&借金という名の金の泉をもとに、海外旅行やブランド品を嗜む生活。アパートも無駄に広いし、テラスもついていてso fabulous。しかし、本人はそんな生活に満足しているわけでもなく、単に「Run(逃げる)」と自虐的に表現しています。

小さい頃からクリスチャン家系で育ち、「ゲイは病気」という信念を植え付けられた世代。「いつかはゲイではなくなる」。自分の性癖を治すために教会に通う。そして、ゲイの友人達にも、なんとなく心を開ききれない。そんな気持ちを浪費や酒やタバコや行きずりのセックスで補う、でも、恨みのような怒りのような、そんな自分(ゲイの友人にさえ)に対する負の気持ちはどんどん増殖され、抑えられなくなった時、酒という名の触媒で彼は凶悪になるのでした。言い訳など自分を守る手段はたくさん身につけてきたのか、誰よりも議論に強いし、ユーモアもある。でも、ただ一人、ハロルドにだけはそうもいきません。

「惨めで可哀想なおかま」

最後のハロルドの一撃で、彼は酔いも吹っ飛び、自己嫌悪という罪悪感に苛まれるのでした。

演じるのは「ビッグバンセオリー」で主演を張ったジム・パーソンズ。ストレートぶっているけれど、ゲイ的な思考や微妙な動きを再現していて、プロフェッショナルだなと思いました。彼って魅力的な容姿だと思うのですが、本作のキャラクターが乗り移っているようで、性悪なブスに見えてしまう不思議。

ハロルド


誕生日会の主役。ユダヤ人。

マイケルと同様、自分の容姿への劣化を非常に気にしており、鏡を見てはピンセットで出来物を取るという行為を繰り返してきた結果、穴ぼこだらけの肌になり、自己嫌悪の日々。それでも、顔パックや化粧水などを買い焦るも時すでに遅し。いつか自ら命を断つ日のために、大量の睡眠薬を常備していることをマイケルに暴露されます。

「宗教なんかいらないから、この皮一枚の美しさと交換したいわ」

口達者なマイケルを唯一負かせられる人物でもあり、「お前は本当に可哀想で惨めなおかま」という一撃で消沈させる。一方で、そんな彼に対して「明日電話するから」という謎の優しい一言を放ち、パーティ会場を後にする一面も(with男娼)。

マイケルが行うゲームの真の意図も、ハロルドだけは見抜いていました。

本人曰く、「僕とマイケルは似たもの同士」という分析。

ドナルド

マイケルの元恋人で、かつてはニューヨークに住んでいたけれど、ニューヨークでの(ゲイ)生活が合わず、田舎の実家へ帰ります。

毎週土曜日にニューヨークの精神科医に会うためにマイケルの家に来ています。

精神病を患い、セラピーを受けながら、週休45ドルで「床を磨く(管理人的な)」仕事。

精神を病んだのは、小さい頃の両親からの育てられ方に問題があったと分析しています。

「母は僕が失敗したときに、愛してくれた。だから僕は愛されるために、大学を中退した。」

演じるのは「ホワイトカラー」でも主演を努めたマット・ボマー。ハンサムな出演者揃いですが、マットのハンサム度(&筋肉)は本当にずば抜けていました。残念ながら見せ場のシーンはあまりないのですが、完璧な美貌がひとり画面にいるというだけで大きな貢献なのではと思いました。。。。。。

ラリー

ハンクの恋人。

ゲイ業界のサマンサ・ジョーンズ。恋人ハンクを愛するも、ニューヨークという土地柄と魅力的なルックスという武器を最大限に活かし、男と寝まくる日々。ちなみにドナルドとは貫通済み。

「恋人とセックス」は別よ。

個人的にこういう身分って憧れる。「男と寝られる = 魅力的」だから。

何億もゲイがいて、一度きりの人生、出来るだけ色々なイケメンと接触したい。

ハンクとは色々あったけれど、結局、美男美男はうまくいく(個人的統計)。

ハンク

ラリーの恋人。

妻と娘と別れ、ラリーとの道を選んだ数学教師。

初体験はニューヨークのグランドセントラルステーションでの行きずりのトイレ内セックス。発展場として有名なのかしら?。ニューヨーク滞在中はセントラルステーションの(高いけど味は微妙な)サンドイッチ食べた思い出・・・

遊び人のラリーにうんざりしている一途な乙女ですが、「努力する」という大人の対応でその場を凌ぐ。うん、経験値が違う。

ちなみに実生活でも、ハンクとラリーは恋人同士だそうです。

カウボーイ

ハロルドの誕生日プレゼントとして用意された男娼。

「ルックス完璧だけど頭は弱い」設定だけれども、所々、核心をつく発言に、「マジシャンが一番恐れているのは純粋な子供」という言葉を思い出す。

エモリー

Theおかま。もう一回。Theおかま。

「おかま」という言葉で人々が想像する「おかま」を体現したおかま(役者)。

なよなよしているし、クネクネしているし、ふにゃふにゃしているし、、、

そんな女々しさ全開のエモリーに苛ついたハンクは1発、いや2発殴ります。

料理担当など、何だかステレオタイプな役柄でしたが、エンターテイナーとして一流だなって。

想いを伝えるシーンでは、学生時代の初恋相手に想いを伝えるも、気味悪がられ一瞬で切られてしまいます。「やらない後悔より、やる後悔」。本当ですか。思い出は思い出のままが良い時もあるのかも。

バーナード

唯一の黒人。

ゲイ&黒人というダブルパンチで周囲も自身も世間からの反発が一番強いと自覚している模様。

アラン

本作の影の主役。

マイケルの大学時代のルームメイト。

現在は妻と子供がいるも、大学時代に同性の同級生と何回か寝ていたことをマイケルに暴露され困惑。

おかまだらけのパーティの中に一人ポツンと(自称)ストレート男性がいたら、気まずくてすぐに帰るでしょ、でもお前は帰らなかった、なぜだ、というごもっともなツッコミ。

おかま全開のエモリーに苛ついて殴ってしまったのも彼自身、精神的に落ち着いていなかったからだと思います。なんせ、集団のゲイの中にひとり、ストレート(疑惑)ですから、困惑するのも当然かと。

最終的に、彼がゲイかどうかは謎のまま。監督もどちらかどうかは役者本人に任せるという意向。







ネタバレ

誕生日会、そして思わぬゲスト

1968年、ニューヨークのマンハッタンでの出来事。

主人公マイケルは、悪友ハロルドの誕生日パーティーの準備を自宅のアパートで進めています。

元恋人のドナルドは、精神科医の予約がキャンセルになったため、早く到着。

元恋人ドナルドが到着すると、マイケルは30代中盤になり自分の老いの悩みを吐露するとともに、魅力的なルックスを持つ恋人ドナルドに羨望の眼差し(with軽い嫉妬)。

そんな時、一本の電話。

電話の主はマイケルの大学時代のルームメイトで、現在はジョージタウンで妻と子供と暮らすアラン。

しかし、アランは何故だか電話越しに号泣しており、様子がおかしい。

アラン『今日会えないか?今ニューヨークに来ているんだ』

誕生日会があるため一旦はお断りするも、心配になったマイケルはアランをパーティーに招待。

しかし、大問題に気付きます。アランは異性愛者であり、マイケルの同性愛を知らないため、自身のセクシュアリティがバレることを恐れたマイケルは、誕生日会ではストレートの様に振る舞えと友人達にお願いします。(むりです。)

誕生日会。来ないゲスト

日が沈み、マイケルの友人が続々とやってきます。

おかま度全開で陽気なエモリー。

遊び人気質のラリーと、そのラリーの遊びっぷりに我慢できない恋人のハンク(ラリーと付き合うために妻と別れた・・・)。

黒人で図書館で働くインテリ枠のバーナード。

そして、マイケルの元にアランから再び電話が。

アラン『パーティーには場違いだからいけない。代わりに明日のランチはどう?』

マイケルは承諾します。

一方で、誕生を祝う主役ハロルドは未だやってきません。

そんなことも気にせずに音楽に合わせ踊ったり、久しぶりの再会で話が盛り上がるなどパーティを楽しむ一同。

しかし、「明日のランチで会おう」と自分で約束をしたのに、突如パーティに現れたアラン。

一瞬、ストレートのアランの登場に空気が変わるも、それぞれがパーティを楽しみます。

場違い感をバリバリとかますアランは、エモリーのおかまっぽさというか女々しさを不愉快に思います。(エモリーは全く気にしていませんが)

一方で、ストレートっぽいハンクとは何気に打ち解けます。

『ピンポーン』

謎の若い男カウボーイが登場し、マイケルに猛烈なキス。

カウボーイはハロルドの誕生日プレゼントとしてエモリーが用意した男娼ですが、間違えてマイケルにキス。

場違い感が限界を超えたアランはパーティ会場を去ることを告げるも、帰り際のエモリーの言動に苛つき、衝動的に殴ってしまい、そのままステイ。

そんなカオスな中で、パーティの主役ハロルドがマリファナでハイ状態で登場。時間に遅れたハロルドに軽く嫌味を飛ばすマイケルですが、ハロルドに倍返しで返され撃沈。

やっと全員揃いました。(アランも含め)

しれっと、マイケルは5週間前にやめた酒とタバコを自主的に解禁してしまいます。

一同はハロルドへプレゼント。

マイケルのプレゼントに複雑な表情のハロルド。(二人の間に何かあったのかしら)

雷雨。

一同はテラスから部屋に移動します。

ゲームスタート

アランは帰ろうとしますが、(悪酔した)マイケルに引き止められます。

マイケルはとあるゲームを提案します。

『過去に好きだったけれど、叶わなかった相手に電話しよう。』

バーナードは彼の母がメイドとして仕えていた家で出会った白人の男の子。

彼とは数回、裸の秘密の関係になった仲でしたが、長い間、連絡を取っていませんでした。

恐る恐る電話をかけるバーナード

バーナード「久しぶりです。覚えていますか」

電話に出たのは当人ではなく、その母。

何事もなく電話を終えたバーナードですが、電話をかけたことを酷く後悔します。

次はエモニー。

高校時代に片思いしていた歯科医に電話をかけますが、さすがに気味が悪すぎて電話を切られてしまいます。

次はハンク。

留守番サービス。そして現在交際しているラリーに愛を伝えます。

ハンク『君の遊び人気質にはまじで耐えらえない。でも、もう一回やり直せる様に頑張るよ』

二人の関係はギリギリのところでした。

ラリーもその愛に応えられるよう努力することを伝えます。

ゲームの目的

最後はアラン。

アランは自身はストレートだと主張しますが、マイケルが怒りの反撃を加えます。

『お前は隠れゲイだ!俺は知ってるぞ。大学時代に(二人の共通の友人の)ジャスティンと数回、身体の関係を持っているのを。』

マイケルが提案したゲームの目的はアランの隠れゲイ疑惑を晴らす魂胆もあったのでした。

困惑するアラン。

アラン『ジャスティンが嘘をついているだけだ。それは真実ではない』

マイケル『本当は好きなんだろ!だったら(ジャスティンに)電話しろ!!!!!』

急かされたアランはそそくさと電話をかけます。

アラン『もしもし。愛してる。許してくれ』

勝ち誇った様な顔で、アランから電話を奪うマイケル。

マイケル『おい聞いたか、ジャスティン。やっぱりこいつは隠れゲイだった』

しかし、アランの電話主はアランの妻でした。

雰囲気は静まりかえり葬式状態の中、

すっかりしらけてしまったパーティは解散。

ハロルド『お前は本当に可愛そうで惨めな男。自分がゲイじゃなければ良かったって思ってるだろうけど、死ぬまでゲイなのは変わらない。自分がゲイではないと認められない一番面倒臭いタイプよね』

最後にハロルドから強烈な一撃を喰らい、消沈したマイケルはそのままひとり、教会に向かいます。







感想と分析

マイケルとハロルド

”Call you tomorrow”

散々コテンパンにしてしまったハロルドですが、「明日電話するから」とマイケルに言い放ち、パーティー会場を後にします。

マイケルの気持ちって同じゲイとして共感できるからこそ、自分を受け入れられない可哀想な気持ちもあれば、それでも理解してあげられる愛もあるんですよね。美しい友情。

マイケルとアラン

本作の主人公的存在。イケメンの元恋人ドナルドと関係を持つも、自分の老いの悩みなどを考える中年男性。そして彼の一番の悩みは「自分がゲイであることを受け入れられない」事。

仲良しの友人達はニューヨークでゲイライフを満喫するも、マイケル自身は他人を愛したこともない(今回のゲームでマイケルは電話をかける相手がいなかった)し、心の底ではゲイである友人を下に見てしまうような描写も(人種など色々な要素が絡んではいますが)。

そんな自分のセクシュアリティを受け入れられないマイケルは、同じように隠れゲイ疑惑のあるアランの秘密の性癖を暴き、何か安心感を得たかったのでしょう。わかる。同じ問題を抱えた人って、時に勝手に連帯感抱いたりしますもん。

一方で、この物語の一番の主題と言っても過言ではない「アランの性癖」に関しても結局謎のまま終わります(個人的には99%隠れゲイだと思いますが)。本作の監督自身もアランのセクシュアリティを明確に定義していなかったそうなので、正解はなく、観た人次第という、若干のあれれ設定。

いくら収入がよくても、いくら有名企業に努めていようが、いくら良い大学を卒業していようが、ゲイとしての自分を受け入れらないと土台はボロボロ。

物足りないゲイライフを補うために、仕事や資格や趣味に没頭しても、やっぱり代わりになるものなんてないのだと気づくんですよね。

皮肉、自虐、自己嫌悪、ゲイあるあるが詰め込まれた本作。

根底にはそこはかとない愛があったんだなと。

良い映画でした。

最後まで読んでいただき有難うございます。


参照:Netflix公式サイト